右脳と左脳を行ったり来たり。ここから先に進めるのか?

こんにちは。

私はときどき右脳優位になることがあります。

右脳優位とは、脳内のおしゃべりが止んで(減って)、将来への不安や過去の後悔もなく、今この瞬間がただ幸せで満たされた感覚になることを右脳優位と勝手に呼んでいます。

先日のブログで朝起きたら頭のなかがシーンとして穏やかです、という報告をしました。

ああいうふうに、はっきり分かる感覚は初めてでした。

その感覚を一度得たら、「今、右脳かな?」と悩むことはなくなりました。

右脳優位かどうか分からない時点で右脳優位ではないからです。

あれから2日間くらいは右脳状態が続いたのですが、左脳に変わった後もある日朝起きたら右脳優位になっていることがありました。

どうやら右脳と左脳を行ったり来たりしているるようです。

そして、右脳優位に変わるキッカケが何となく分かった気がします。

それは、夜寝る前の過ごし方です。

寝る30分前くらいからスマホを触らない、テレビも極力見ない(見るなら穏やかなホームドラマ系で)。

あと、嫌いな人、苦手な人のことを考えない。明日のスケジュールを考えない。

つまり、脳を刺激したり、感情を波立たせるようなことを避け、出来るだけ心穏やかに過ごして眠りにつくと、翌朝目覚めたら頭の中は静かになるようです。

上に書いたことはあくまで現在の私のケースなので万人に共通するかどうかは分かりませんが、誰かの参考になればと思い、書かせて頂きました。

参考にならなかったら申し訳ありません。

私自身、右脳状態が1~2日続くようになったのが最近のことなんです。

今は右脳と左脳を行ったり来たりしているので、左脳になった後いつ右脳に戻れるか、いかに右脳優位を維持できるかについて試行錯誤しているって感じでしょうか。

日々の生活のなかで息苦しさを感じている方に少しでも興味を持って頂けたら嬉しいです。

ちなみに、私は10カ月ほどネドじゅんさんが主催されている三脳研でエレコ(エレベータ式の呼吸法)を実践していたことがあります。目的はもちろん右脳で暮らしたいからです。

ネドさん自身は大好きなのですが、エレコが何となくしっくりこなくて。それで、三脳研でオススメされていたマインドフルネス瞑想を並行してやっていました。

マインドフルネス瞑想は受けてよかったです。非宗教系で軽く瞑想したい人に向いていると思います。ただ、個人的には本格的な瞑想のほうが合っているような気がしました。

それで三脳研を退会し、ヴィパッサナー瞑想の研修を受けに行ったんです。

これが昨年の年末の話です。

ヴィパッサナー瞑想をする目的はもう少し複雑なのですが、こちらについては少しずつブログに書きたいと思っています。

それでは、今日はこのへんで。

読んで頂きありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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