残暑の田んぼと稲の生育状況

こんにちは。

この日曜日も田んぼの水入れに行ってきました。

最近は知恵がつき、水入れの前日に水の入口をあらかじめ開放しておくことで、少しゆっくりの集合になりました。

これで目覚ましを4時にセットするプレッシャーから解放され、助かっています。

もちろん、早朝集合のメリットはありますよ。田んぼで朝日が見れるとか。

これは6時半頃に撮ったので、朝日というには少し遅かったかな。

稲の先に朝露がついて光っています。

分けつが進んだ大きな株で高さ1m弱くらいでしょうか。

ただ、種を蒔き直した株はやはり成長が遅れており、高い株の間に小さい株が入ると十分な日照が得られないのであまり成長しないのではないかという懸念も出てきました。

下の写真はその例です。

小さい株中央の2株)とその周りの大きい株の差が際立ってきました

この日曜日の水入れには経験の長い方が一人おられたので、満水時の水止めも問題なくできました。

ここは上の田んぼから下の田んぼに水を流すためにあります

水の出入り口は全部で5~6カ所あります。

来週は経験の浅いメンバーだけになりそうなので、少しドキドキ(;^_^A

さて、最近は雨が降らずどこの田んぼも乾燥気味なので、今週は水入れに時間がかかりました。

この日は11時半頃に終わりました。前の週の日曜は10時前には終わっていました。

農業は自然が相手だから予測がつかないことも多く、サラリーマン時代の仕事とは違うなぁと思います。

このへんの田んぼは、近くの池から水を引いているので、池に近い田んぼから順番に水が回ってきます。

ここの田んぼは下のほうなので最後に近いですが、といっても一番下ではありません。

最後に水が回ってくる田んぼは昼前頃から水入れが始まったはずです。

自分の田んぼが満水になったら水の入口を塞いで、次の田んぼに水を流さなくてはならず、ここも大切な手順なんですよね。

水利権つきの田んぼでは毎年当番制で水の管理をする人がいるのですが、その方達からいつも色々教えていただいています。水は下の段から入れるとか。

色んな方にお世話になりながらの米作り。

貴重な体験をさせてもらっているなぁ、ありがたいなぁといつも感謝でいっぱい。

帰るとき、バイクを止めていた木陰で見上げた百日紅(さるすべり)の花がとても綺麗だったので一枚パシャッ

ということで、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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