右脳優位になって二日目~脳のおしゃべりが消えた~

昨日のブログで頭の中がシーンとしていると書きました。

今朝起きたときも昨日と同じような感覚で、やはり静かです。

ただただ、頭の中が静かです。

雑念が出てこない。

まるで厳冬期の快晴の高山にいるときのようなんです(注:びびんちょは過去登山にハマっていました)。

これまでも一時的に頭のなかが静かになることはありました。

でも、気づかないうちに元に戻っていました。

たぶん、スマホを見たり、人と接触するうちに。

こう書きながらふと思いました。

この状態はあとどれくらい続くんだろう?

今、この状態でいることが快適です。

だから、このままでいいんですけど。

不思議なことに、朝晩の瞑想中は少し雑念みたいなのが出てきます。

例えるなら、勝手に流れてくる脳内CMみたいな感じで。

そのCMは過去や未来に関する妄想ですが、私に関係ないものだと気づきました。

私に関係ないものを、誰が流してくるのか?

分かりません(笑)

ちなみに、瞑想中に雑念が出たら、「はいはい」という感じでスルーし続けると出てこなくなります。

「ああ、またか。もうウンザリ😞」とか「もう出てくるな!!」みたいに抗うと返って雑念が強くなってしまいます。

強い意思で雑念を一時的に押さえつけることは出来るかもしれませんが、その状態を長く続けるのは難しい。

だから雑念が出てきても、否定したり抵抗しない。

とはいえ。。。瞑想中の雑念が完全になくなる日は来るのかな?

新しい展開があればまたここに報告したいと思います。

それでは、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

無料メルマガの登録フォームです。心と体を整え、日々を楽しんで暮らすヒントを見つけられます。

「氣土饗樂(きどきょうらく)で整う、自給的暮らし」無料メルマガ講座




この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

コメント

コメントする

目次