田んぼの水入れ訓練が続いています

こんにちは。

昨日は朝5時前に家を出て田んぼの水入れに行きました。

この時期の朝5時って少し薄暗いんですよね。

7月に比べて季節は夏から秋に向かっているんだなと感じます。

とはいえ、まだまだ夏真っ盛りなので、日中外作業をされる方は水分補給など十分ご注意くださいね。

朝露?が先っぽについて光っています。

さて、先週書いたブログでも水入れの奮闘について触れましたが、昨日も引き続き田んぼの水入れで色々実践と失敗を繰り返しています。

4枚ある田んぼは、立地的に2枚ずつに分かれてそれぞれの水路がついています。水路が違えば水が届く時間も別々です。

先週はどこの田んぼも乾燥気味で水入れに時間がかかったため、水入れ担当の農家さんが日曜日一日だけでは足りないと感じられた。。。かどうかは分かりませんが、週半ばの平日に皆の田んぼに少し水入れをしてくれました。

平日の水入れ時、うちのメンバーは誰一人田んぼには行ってませんので、本当に好意で入れてくれたのでしょう。

おかげで今週は田んぼがカチカチに乾燥するまでには至らず、満水までにかかる時間も先週の半分くらいになりました。

そして、満水前に水の入口を閉めなければ下の段の田んぼの水が溢れてしまうことも、私は先週の経験で理解していましたが、他のメンバーはそこまで理解していなかったらしく、またもや水が畔にまで溢れてしまったそうです。

そうです、と書いたのは、私は午後予定があったので早めに田んぼを引き上げており、後処理を他のメンバーに託して帰ったのですが、「言わなくても分かっているだろう」と考えてしまい、結果、共有不足による失敗を招いてしまいました。

同じ場所で同じ経験をしたとしても、一人一人が認識する情報には差がある。

分かっているのに、説教臭いと思われたくないとか、クドイと思われたくないからあえて言わないのは、実は伝え方が下手クソなんですよね。

ああ、そうだった、忘れてました。反省です。。。

仕事じゃなくても情報共有ってやっぱり大事。

そのことを改めて感じました。

なんか、サラリーマン時代の管理職みたいなことを真面目に考えていて、ちょっと笑えました。

ところで、嬉しいことに稲は順調に成長しています。

田んぼの中に草も繁殖していて、今回も田んぼの中に入ってたくさん草取りしました。

草は抜いても抜いてもすぐに生えてきます。

大きなタニシが草をつかんでユラユラ

水入れ訓練はもうしばらく続きそうです。

頼れる人がいると自分の頭で考えない。困らないから。

頼れる人がいないとき、はじめて自分の頭で考えて動き、失敗する。

失敗して初めて本気で学ぶ。

一人一人が田んぼと主体的に向き合ういい機会だと思っています。

それでは、今回はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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