西洋カボチャを植えたのに見たことないカボチャができました

こんにちは。

私は野菜の栽培を始めて1年半くらい経ちますが、気づいたら3カ所で野菜の栽培をするようになりました。

栽培方法も慣行栽培(農薬・肥料を使う)、有機栽培(農薬不使用)、自然栽培(農薬も肥料も使わない)の3通りに分かれています。

今日は自然栽培の畑で育てていたカボチャについて、見ていただきたいのがこちらです。

ひょうたんみたいに長細くて表面がデコボコの実が二つ

このカボチャは種から育てて、苗の本葉5~6枚のときにここの畑に植えたものですが、タネの品種はミニ西洋カボチャでした。

お分かりでしょうか?

西洋カボチャといえば、緑色でツルッとした表面です。

同時進行で有機栽培の畑でも全く同じタネから育てたカボチャがこちらです;

これと同じカボチャができるはずだったのに。。

同じタネから育てたので、同じ実がなるはずなのに、畑が違うだけで全く違う結果になりました。

自然栽培の畑で育っているひょうたん型の黄色いカボチャ(一番目の写真)は、他の品種と自然に交配してしまったのでしょうか。。。 

考えられる可能性は、少し離れたところにバターナッツを植えているので、それと自然に交配してしまった?!のかもしれません。バターナッツはこれです;

上のカボチャより一回り小ぶりのバターナッツ

最初の写真のカボチャ(何と呼べばいいのか。。)は、2番目と3番目のカボチャのハーフなんでしょうか?

二つのカボチャの特徴に似てると言えば似てるかな。

なぜ2カ所で同じ品種の野菜を育てたのか?ですが、

有機の肥料を使う栽培と、肥料を一切使わない自然栽培では、成長がどれくらい違うのか、できた実の大きさがどれくらい違うのか興味があったので実験してみたんです。

実験の結果はご覧のとおり失敗しました(;^ω^)

まさか他の品種と交配?!するとは。。

やはり素人の発想が甘かったようでした。

失敗といえば、昨年、有機栽培の畑で大麦(裸麦)を10株くらい植えました。

家庭菜園で大麦なんか植える人はそういないと思いますが、個人的に興味があったので。。。

真冬の一番寒い頃に麦踏みして、これでもかと言わんばかりに痛めつけ(?!)、それでもグングン成長して春になるころには1mを超えてしまい。。。

肥料もほとんど与えず大きくなった大麦

お隣の畑の風通しや日照が悪くなるのが怖くて、成長途中の大麦を4株に減らしたんです。

我ながらひどいことするなぁと処分するときは罪悪感でいっぱいになりました。

色々失敗続きですが、植物は見てるだけでも面白いなぁと思います。

来月に入ると秋冬野菜の種まきが始まるので、また違う野菜で実験してみたいと思います!

というわけで、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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