田んぼと右脳の関係

今朝、4時過ぎに目が覚めました。

はやっっ もう一度寝るか?

いやいや、昨晩ベッドに寝っ転がったのが21時前だったから、ぐっすり7時間は眠りました。

いつもやってるように朝寝起きの生姜入りミルクティを飲みながら、いつも通りソファに深く腰掛けて一息。

妙に頭の中がシーンと静かで、特に何も浮かんでこなくて。

いつもなら、目覚めた直後から「今日は〇〇やらないと!」「今日の予定は何だっけ?」から始まり、スマホを開いてLINEの返信が届いていないか、メールに何か届いていないか、昨日新しくアップされた動画がないかどうかetc. チェックするのに1時間はたっぷり使っているように思います。

今朝はそういうものに全然関心がなく、ただ、ゆったり座っているだけで心地よく感じました。

このじわじわとくるシアワセな感覚。

特別何もないのに、ただただ満たされた感覚。

この感覚は覚えがある。

ああ、そうか、右脳になってる

右脳優位になっているときは脳内のおしゃべりがなく、頭のなかがシーンと静か。

柔らかな波のように、心地よい揺れの中でまどろんでいるような。

昨日何してたっけ?

そうそう、昨日は田んぼの水入れがあったので、朝5時前に家を出て、水入れが終わったのが15時頃。

この炎天下で信じられない長丁場でした💦

近くの池から水を引いているのですが、池に近い田んぼから順番に水が降りてくるんです。ということは、池から遠くなるほど水が回ってくる時間帯が遅くなります。

5時過ぎから池の水が放流されるのですが、4枚ある田んぼのうち2枚の田んぼに水が回ってきたのが11時頃。

どこの田んぼも炎天下で結構乾いているので、その分、水もたくさん吸収するから満水まで時間がかかります。

表面がカピカピに乾いた田んぼ

昨日集まったメンバーは、私を含めて経験が浅いので満水後の水の止め方をちゃんとできる人がいない💦

板やブロックを使って一応水を止めることはできるけど、チロチロ水漏れしてしまう。

あーでもない、こーでもないと試行錯誤していたら、1時間余分にかかってしまいました涙

あー、疲れたぁ~

でも、いやな疲れ方ではない。むしろ心地よい感じ。

一日田んぼにいたせいでしょうか。

田んぼに入って草とり

帰ってシャワーを浴びて、ゴロゴロしてたら夜になり、適当に夕飯を済ませて早々に寝てしまった。

目覚めたら、頭シーンとなっていました。

そういえば、夜寝るときもなーんにも考えてなかった。

最近は瞑想すると脳内のおしゃべりがある程度静かになるのですが、そうはいってもここまで静かになるのはなかなかありません。

体の心地よい疲れとか、スマホを触らない時間(大量の情報から遮断)とか大事なのかもしれませんね。

田んぼと右脳はいい組み合わせかもしれないなぁと思いました。

それでは、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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