「え、うちの子が!?」突然警察がやってきた日と、知っておくべき弁護士の選び方

こんにちは。

先日、人気のドラマを見ていたときのことです。

容疑者を捕らえて取り調べするシーンがありました。

主人公の鬼気迫る尋問に「さすがにもう白状するだろう」と思いきや、「自分はやっていないっ!!」と叫ぶ容疑者。その後、別の容疑者が浮上しドラマは急展開。

あのシーンを見ていたとき、ふとうちの息子が十代のころ、ある日警察の傷害事件の捜査で警察官が我が家にやってきたときのことを思い出しました。

当時、周辺地域で十代くらいの男の子が傷害事件の容疑者として警察の捜査があったようなのです。その容疑者の男の子の容姿とうちの息子の容姿が「似てる」からという理由で、うちの家に警察官が訪ねてきて息子に質問をしていったんです。

その日、私は仕事で不在でしたが彼の祖母(私の母)が息子の傍で一部始終を見ており、帰宅後彼女からその話を聞いて血の気が引く思いをしました。

よく刑事ドラマの捜査で警察官と容疑者の間で交わされる質疑応答のアレです。

「〇月〇日の〇時頃、どこにいた?」

「それを証明してくれる人はいるか?」

「ウソついてないだろうな?」

話を聞いて激情した私は警察署にクレームの電話を入れました。するとうちに来た警察官とは別の人が出てきて

「その男の子と似たような外見の子の家を一軒一軒回っていたんです。決してお宅の息子さんが犯人と断定して行ったわけではないんですよ。お母さんが不在のときですみませんでした。」

すでに犯人が捕まった後だったようで、警察はあっさり謝罪してきました。

連行されて取り調べを受けたわけじゃないし、勾留されたわけでもない。だけどこの平和な日常の影に大きな脅威が存在していたことをひしひしと感じ、いてもたってもいられなくて弁護士会に電話して経緯を相談してみたんですが、その程度なら捜査の範囲内ですねとあっさり言われました。

まぁ、客観的に考えれば理解できます。

とはいえ、ある日、いきなり警察官が家に来て、身に覚えがないことでお前やっただろ?みたいに言われる脅威。

なんせ相手は国家権力ですから。捜査の尋問は正当な権力行使で、来る前にこちらの情報は大体把握しています。

その脅威が自分の身近で起こったら、見なかったことには出来ない。

いざというとき、誰が自分を護ってくれるのか?真剣に考えるようになりました。

私は仕事柄、色んな弁護士と交流がありました。当時国際問題に発展した刑事事件の弁護人を務めた弁護士の名刺を持っていたので、お守り代わりに息子にその人の名刺のコピーを渡しました。

弁護士と一言で言っても、仕事内容は幅広く色んな考え方を持った人がいます。時々、「知り合いに弁護士がいるから」を強みにしている人を見かけますが、知り合いってどの程度の知り合いなのか?弁護士の専門(強み)は何か?をちゃんと把握できてるのかな?と思うことがあります。

登山で捻挫した人が皮膚科に行って適切な治療を受けれるでしょうか?

医療に関してはこういう誤解をする人は少ないかもしれませんが、弁護士になると疎い人が多いように感じます。

困ったとき弁護士会に相談してみるのもいいと思います。が、一番は平時から備えておく、自分ならこの弁護士のところに相談する、というイメージをしておくことだと思います。

ここに書いたことはあくまで私の個人的な経験に基づく意見です。法的見解の正確性や一貫性を保障するものではありませんので、何卒ご容赦ください。

それでは、やや小難しい内容になりましたが今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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