吉野葛で作る本物のわらび餅

こんにちは。

今日も朝から蒸し暑くなりそうだったので、朝一で畑に行って野菜のお世話をしてきました。

キュウリは完全に枯れたので栽培終了です。

6月の梅雨の時期は採っても採っても次の実が大きくなるので、1日おきに畑に行って収穫していました。

大玉トマトとピーマンもそろそろ終わりそうです。

さて、畑から戻ってきて何か甘いものが食べたくなりました。

甘酒は朝食べたし、お昼ご飯には少し早い。

そこで、冷蔵庫の一番上の棚に転がっていたこれを作ってみることにしました。

奈良の森野旧薬園で購入した吉野本くず

今年5月の「宇陀松山薬草発酵博覧会」で大宇陀(おおうだ)を訪れた際、前から行きたいと思っていた森野旧薬園を見学。1時間くらい野草を見学して、帰り際に出入口の物品販売で購入。180g入り1200円(税別途)でした。

少しお値段は張りますが、国産の本葛は滅多に手に入らなので、えいっやーっと即決。

はっきり言ってお値段以上の価値はあると思います。

本葛って少し塊になってて、ツヤがあって綺麗なんですよ~(写真では分かりにくいかもしれませんが)

触っても崩れませんが、水を入れるとすぐに溶けます。

水で溶いてからお鍋に移し、透明になるまで2~3分くらい混ぜたら出来上がり。

氷水で冷やしてから水を切り、きな粉をかけたらわらび餅の完成です。

水で溶くとこから始めて15分くらいかな。あっという間にできるオヤツなので超オススメです!

スーパーで売ってるわらび餅はほとんどが本葛以外の粉が使われていますが、これは正真正銘の葛餅です。とにかく食感がとてもいいんです。

味自体は無味無臭なので食べるときに甘いきな粉をかけますが、食感はねっとり、しっとり。

控えめに言ってもサイコー

です!黒蜜をかけても美味しいですよ。

今回は本葛60gで作りました。写真は1人前分ですが、まだ2人分くらい残っています。

もし、本葛を見かけたら是非わらび餅を作ってみてくださいね。

そうそう、奈良の大宇陀という地域は、古代から薬草が栽培されていたところです。

そんななかでも森野旧薬園は創業が16世紀中ごろで、日本最古の薬草園の一つだそうです。

ここは薬草園の入口です。
広大な園内は自由に歩き回れます

欲を言えば、もう少し野草の知識があればもっと園内の薬草を見て楽しめたと思います。野草について勉強しよう!と思いました。

あと、大和当帰葉という野草も有名ですが、言葉くらい聞いたことがる方もいるのではないでしょうか。

現地では、大和当帰葉の苗も販売されていました。

薬膳料理もカフェの軽食から懐石風まで幅広く提供されています。

最近は薬草を使ったおもてなし料理の宿もできていますので、ご興味のある方は一度訪れてみるのもいいかもしれません。あまり観光地化されていないので、ゆったり旅が楽しめると思います。

ちょっと山奥にあるので、アクセスがあまりよくないのですが、近鉄線榛原駅(はいばらえき)とJR桜井駅から路線バスが出ています。

それでは、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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