8月ももうすぐ終わりだというのに、まだ真夏のうだるような暑さが続いています。
先日、知り合いが脚を怪我してしまったので、しばらく松葉づえで生活するという連絡が来ました。
当面は自宅で静養するのかと思っていたけれど、その知り合いは包帯が巻かれた足をかばいながら松葉づえをついて現れたんです。田んぼに(;^_^A
見た瞬間支えなきゃっと思ったけど、杖をつきながら動き回っている姿からは不自由さをほとんど感じさせず。
むしろこっちが力仕事で助けてもらいました。
その人の後ろ姿を見ながら思い出してしまいました。
ある日、弱者になった私
もう数年前の出来事になりますが、私は8月の暑い暑いさなかに骨折して松葉づえの生活をしていたことがありました。
近くの形成外科で診てもらって10日後に大きな病院で手術が決まっていたのですが、それまでは仕事に行けないので休んでいました。突然の大怪我と初めての入院&手術という一大イベントを前に気持ちが落ち着かず家でじっとしていられなくて、背中にリュックを背負い、帽子を被って松葉づえをつきながら片道30分かけて近所のスーパーに行っていました。
遊歩道を通って普段なら10分で着ける道のりがとんでもなく長く感じられました。

緩やかな階段も、なだらかな登坂も松葉づえをつきながら歩くと手の平にできた水膨れがすぐにつぶれて、それがすごく痛くて。
汗だくで喉もカラカラだし、セミの大合唱を聞きながら途中のベンチで一度休憩を入れていました。

ある日、木陰のベンチで休憩中の私に見ず知らずの高齢の女性がゆっくり近づいきて言いました。
女性:「ここ、(隣)いいですか?」
私:「どうぞどうぞ。暑くて大変だから一休み中です」
女性:「私なんかいつも何回か休みながらじゃないと歩けないの」
私:「暑すぎますよね」
女性:「よっこいしょっ。あーえらいわー(大変だわ)」
その女性は水筒を取り出して水分を補給しながら「えらいわー」を繰り返していましたが、その横顔は汗だくで相当辛そうに見えました。
そういえば、先ほどからこの道を通る人は年配者ばかり。それも背中がくの字に曲がって前が見えづらそうな人さえ一人で出歩いていました。
平日の午前中。この隣の女性もスーパーの買い出しに出かけているらしい。
それにしても、この街にはこんなにもお年寄りがいたのかと。コミュニティ誌などで街の高齢者人口が増えていることは知ってはいたけれど、こんなふうに実際にこの目で見て実感したのはそのときが初めてで今更ながら驚きました。
不慣れな松葉づえで思うように歩けない私もある意味、高齢者と同じ不便さを味わっているんだと思いました。
弱者に優しい人たち
突然の怪我で身動きが取れなくなり、仕事さえも休業せざるを得なくなった私は精神的にかなりショックを受けていました。
そんな私を癒してくれたのが、街ですれ違う見知らぬ人達からの気遣いやさりげない会話のやり取りでした。
階段を登ろうとしたら、上から降りてくる男性が私に気づき、ハッとした顔で「何かお手伝いできることはありますか?」と聞いてくれたり。
モール内で外通路に出るドアを開けようとしたら、外から入ってくるお客さんが私に気づいてサッとドアを開けて先に通してくれたり。
お礼を言うと決まって「とんでもない」と返してくれる。
その後、入院して手術が無事終わり退院するとき、病院の前でタクシーを待っていたら、同じタクシー待ちの女性が話しかけてきました。彼女は私の母親くらいの年代のように見えました。
女性:「あなた骨折したの?どこで怪我したの?」
私:「あのー登山に行ってて、下山中に足を滑らせまして。完全に私の不注意でした」
女性:「そう大変やったね。私もね、若い頃は山に登っていたんですよ」
私:(えっ、若い頃って戦後かな?)「そうなんですか。どちらの山ですか?」
女性:「それはもういろいろ。楽しかったですよ。また山に行けるといいですね」
そこでタクシーが来たので私は彼女に短い挨拶をして、松葉づえをあちこちぶつけながら何とかタクシーに乗り込みました。
今度はタクシーのなかでの会話です。
運転手さん:「その脚、どうしはったんですか?えらい怪我されましたな」
私:「そーなんです。登山に行ってて、下山中に足を滑らせまして。完全に私の不注意でした」
運転手さん:「ああ、そりゃ大変でしたな。私もね、若いころは山に夢中やったんですよ」
私:(えっ、また?ウソお~)「そうなんですか。偶然ですね。どんな山に登られたんですか?」
このあと、私の家に着くまでずっと山の話で盛り上がりました。
タクシーを降りるとき、運転手さんが私の荷物を持ってマンションの入口まで付き添ってくれて、私に気づいた管理人さんが飛んできて、荷物を引き取ってくれました。
なんというか、、、
こんなに人のお世話になったのは大人になって初めてな気がします。少し照れ臭いけど気遣ってもらえて単純に嬉しい。そう嬉しいんです。自分に気づいてくれる人がいると安心できる。そんな経験でした。
松葉づえを使っているものの、手術の翌日から歩くことが出来たので退院するときも一人で手続きをしたのですが、正直に言えば、趣味の登山で怪我して帰ってきて家族に負担をかけるのが心苦しかったんです。
出来るだけ誰にも迷惑をかけず、一人で乗り切ろう。そう思ってなんでも一人でやろうとしていたら、周囲がそっと手を貸してくれました。
余裕のない人間は周りからも放っておかれる
後になって思い出してみたら、この時期、私に声をかけてくれた人は年配者が多かった。
赤の他人の世話をする余裕はないだろうけど、気遣ったり話しかけることで私との距離を縮めようとしてくれたと思います。
でも、そういう人たちが怪我をする前の私に話しかけてくることは決してありませんでした。
それは私が「忙しい」オーラを常に出していて、周りに興味がなかったからかもしれません。
話しかけるスキがないから周囲からも放っておかれてたんでしょうね。
松葉づえをついている期間、私はほとんど仕事をしていなかったし、しばらく登山の予定もなかった。
するとですね、
「忙しい」オーラが消えて初めて周りの景色が見えた。
だから周囲の人も私を気遣ってくれた。そんな貴重な期間だったと思います。
退院後4日目で私は職場復帰しました。
復帰後しばらくは貴重な体験を思い出しては人に優しくしようと思っていたのですが、再び「忙しい」オーラ全開で周りの景色が見えなくなってしまいました。
私は以前の自分に戻り、私を知る人以外、私に挨拶したり話しかけてくることはなくなりました。
当然ですよね。余裕のない人間に寄ってくる人なんて詐欺師とセールスマンくらいでしょう?!
昨年会社を辞めてからは平日昼間にあのときと同じ道を通って買い物に行くことがあります。腰の曲がった高齢者が歩きながら一人で買い物に行く姿はあの頃よりもさらに増えたような気がします。
今の私は周りの景色を見る余裕があります。これまで気づけなかったことや、見落としていたことも少しずつ拾えるようになりました。
心の余裕、大事ですよね。忘れたくないです。
少し昔のエピソードを書きました。
今日はこのへんで。
ここまで読んでいただきありがとうございました!

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