老舗蔵元さんがつくる金山寺こうじにワクワクします

こんにちは。

先日、手作り金山寺味噌のワークショップに参加してきたのですが、そのときに使った金山寺こうじを紹介します。

島根県の大正屋醤油店さん

遡ること大正時代に創業した醤油・味噌を製造する老舗の蔵元さんです。

https://www.taishoya.jp/?mode=cate&cbid=2126424&csid=0

1袋400gで税込み430円

ちなみに、オンラインショップでは米こうじ(生)400gを税込み756円で販売されているようです。

これまで色んなところで麹(生・乾燥両方)を買ってきた経験から言えば、このお値段は超お得価格だと思います。

金山寺こうじの原材料は、米、大豆、小麦の3つ。

これに種麹(たねこうじ)と呼ばれる特殊な菌をふりかけて数日かけて発酵させるので、とても手間暇かかっています。

こういう小さな蔵元さんが手間暇かけて創る本物の伝統調味料は少量生産なので、本当はもっと値段が高くてもおかしくないと思いますが、醤油や味噌のような完成品ではないので、このお値段なのでしょうか。。。

とても希少価値が高い買い物だと思い、ワークショップの帰りに思わず購入してしまいました。

味噌や醤油を作る際、麹(こうじ)は必ず必要になります。老舗の蔵元さんでは、独自の製法で麹(こうじ)を作り、その麹を使って味噌や醤油を仕込んで独自の風味や味を引き出す努力をされてきました。

古き良き時代に本物の味を追求する蔵元さん達がいた一方で、蔵元の味に少しでも近づけながらも大量生産で安く量産することですべての日本人に日本の伝統調味料が買えるように努力してくれたのが大企業の調味料メーカーです。

蔵元さんと大企業、どちらの存在も必要だったわけですが、令和の現在、昔ながらの小さな蔵元さんの多くが後継者不在で廃業に追い込まれています。

なんか、とても寂しい

蔵元さんは小さな組織なので少量生産。厳選された材料で本物の味を作っているのでそれゆえ、大量生産された商品と比べると値段はかなり高いと感じると思います。

毎日の食事で高い調味料を使えるのか?

そうですよね。私だって毎日は無理です。

毎日は無理でも、たまに、ごくたまにでも本物の調味料を今のうちに味わって欲しいなぁと思います。

そして、本物の味を自分の舌に、子供達の舌に記憶させて欲しい。

いつか、本物の味を記憶している誰かが、未来でその味を再現できるように。

私が日本の伝統的な発酵調味料を手作りしたい理由には、そんな想いもあります。

これからも色んな発酵調味料をこのブログで紹介させていただきますので、これからもよろしくお願いします。

それでは、今日はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

無料メルマガの登録フォームです。心と体を整え、日々を楽しんで暮らすヒントを見つけられます。

「氣土饗樂(きどきょうらく)で整う、自給的暮らし」無料メルマガ講座




この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

コメント

コメントする

目次