【紀州発】野菜たっぷりの金山寺味噌作りワークショップ 

先日、知り合いからの紹介で金山寺味噌(きんざんじみそ)を作るワークショップに何気に参加したのですが、意外と簡単に作れて、しかも楽しい!!(これ大事ですよね)ことなど、色んな発見があったので、ここにレポートしますね。

私は元々関西在住なので、金山寺味噌には馴染がありますが、和歌山産の金山寺味噌には野菜がゴロゴロ入っているので、何か特殊な加工が必要なんじゃないかと思ってました。

ところがワークショップで実際に作ってみたら、なんと普通の味噌作りよりもむしろ簡単でした。

金山寺味噌を作るときは、米麹(こめこうじ)ではなく、金山寺麹(きんざんじこうじ)という特別な麹が必要になります。私は今回初めて知りました。

金山寺麹の原材料は、大豆、小麦、米の3つです。そうなんです、麹に大豆が含まれているので、味噌のように大豆を茹でる必要がないんですよ。小麦も含まれているので、麹からはほんのり醤油のような香りがしました。

大豆、小麦、米でできた金山寺麹

このワークショップでは一人1kgずつ事前に用意してくれました。どこでも入手できるものではないので、入手先については別の記事で紹介しますね。

作り方はとてもシンプルです。

金山寺麹1kgに対して入れる野菜500gは自分の好きなものを持参。ただし、葉物やイモ類は金山寺味噌には適さないそうです。私が持参したのは、人参、大葉、生姜、ニンニク、ナス、キュウリです。ゴボウやピーマンを入れている人もいて、美味しそうでした。

奥の袋が金山寺麹1kg(主催者側が準備してくれました)

野菜は好みの大きさに刻んで(あまり神経質にならなくてよい)金山寺麹が入った袋に入れ、塩と砂糖も加えて野菜が麹に馴染むように手で10分ほど揉みます。

参加者は男性、女性、付き添いの子供達など色んな人で賑わっていて、終始楽しそうな雰囲気だったのもいいなと思いました。主催者の方々も皆さん、ほんわかムードであまりチャキチャキしていないのもよかったです。

適当に10分くらい揉みます

最後に味醂(みりん)を入れて、さらに5分ほど揉んだら完成!!

野菜を切るところから始めて30分ほどで終わりました。

タッパーなど保存容器を持参している人はその場で袋から出して移していましたが、私は袋のまま持ち帰りました。

翌日保存容器に移しました

ワークショップの日の午前中は田んぼに出ていたので帰宅後、疲れのピークが来て早々に寝てしまい、保存容器に移したのは翌日の夕方頃。

上に重石を置いたほうが空気が抜けて発酵が早まります。

重石の代わりに塩を置いてみたのですが、1日経っていたせいかすでに野菜から出た水分がいっぱいで、容器からあふれ出してしまうため、重石はあきらめて、ラップだけしています。

2週間くらい常温に置くと発酵して食べごろになるそうですが、どうでしょうか。もう少しかかるかもしれませんね。

時々様子をみたいと思います。

なんか、米麹を作るときみたいにちょっとドキドキします(;^ω^)

金山寺味噌は、鎌倉時代、紀州の興国時(今の和歌山県由良町)のお坊さんが中国から持ち帰った製法というのが定説のようです。

当時は保存食として大切に食べられていたのでしょうね。

そうそう、味噌を作る過程で上澄みにたまる茶色の液体ありますよね。あれが醤油のルーツとも言われています。

和歌山といえば湯浅醤油が有名です。由良町の近くです。

最近は味噌作りのワークショップも流行っているようなので、もし機会があれば、金山寺味噌にも挑戦してみてくださいね!

今回の金山寺味噌の詳しいレシピや作り方を知りたい方は個別にコメントをいただければシェアさせていいただきます!

それでは、今回はこのへんで。

読んでいただきありがとうございました!

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この記事を書いた人

こんにちは。

このブログの運営者のびびんちょです。

はい、びびんちょって言うんです。誤植ではありませんよ笑

このサイトを訪問していただきありがとうございます。

50代、バツイチの女性です。

昨年春にサラリーマンを卒業し、今は自然に寄り添うように米と野菜を育てています。お金もぼちぼち稼がなくてはいけないのですが、心穏やかに今の生活を続けるにはどんな稼ぎ方をすればいいのか。雇われるという発想から切り替えて、自分で仕事を創る方向でただいま模索中です。

このブログでは、米作り、家庭菜園、季節の手仕事や発酵調味料の手作り、ふと想ったことなど日々の生活を綴っていきますので、よかったら是非定期的に訪れてくださいね。コメントなども頂ければ嬉しいです。

ここからは私のこれまでの生き方や環境などを簡単に紹介させていただきます。

私は20代後半のとき子供を産んですぐに離婚。一人息子を引き取り、一人で育てていくために必死で働きました。しかし、一生懸命働いたところで幼い子供を持つ女性に世間は甘くない。30歳のとき、このままでは息子の学費も稼げないと強い危機感を抱きました。

どうしたらいいか考えた末、当時、ダブルスキルという言葉が流行っていたので、得意の英語を武器にさらに専門分野を身に着けることが出来ればダブルスキルになるのではと思い立ち、そこから数年法律を学びました。法律の勉強をしながら専門職みたいな形で運よく上場会社に採用されたのが30代前半。その企業では、性別も学歴も関係なく、実力で賃金が決められていました。

それからは文字通り無我夢中で働きました。管理職にもなりました。それなりによい収入でそれなりの暮らしが出来ていたのではと思います。当時の私はまさに物質主義的な感覚のなかで生きていました。

そして数年前、一人息子は大学を卒業して家を出ていきました。

「もう毎日ご飯を作らなくていいんだ!」「教育費の支払いもない。なんて気楽!!」

私は息子が独立した後も同じマンションに住み続け、好きなだけ趣味にお金を使い、好きなだけ残業して専門職のキャリアを活かして転職もしました。

ところが、です。ようやく訪れた一人暮らしを存分に満喫しようと思っていたけど、ある日気づいてしまったんですね。

「今のこの生活は私が本当に望んでいるのことなのか?」

いつも時間に追われて「忙しい」が口癖。駅まで歩く数分間、どんな人とすれ違って、どんな景色を見たか全く覚えていない。頭のなかはスケジュールのことでいつもいっぱい。

仕事に趣味にいつも忙しくて「余裕」がない。なぜこんなに「忙しい」のか?周りの景色を見る気持ちの余裕もないような生活が本当に豊かなのか?

そしてさらに出てきた疑問。

「あれ?私、何のためにこんなに必死で働いているんだっけ?」

友人にこの質問をしたら「そりゃ、老後のために決まってるでしょ!」という返事。

多分、友人の答えは至極まともな考えなんだろうけど、私は到底受け入れられず。

「やっぱり違う。自分もおかしいかもしれないけど、何かが違う。体がそう言ってる。」

いわゆる直感というものだったのかもしれません。その生活を手放してみろ、と。

それを手放した先にどんな景色が待っているのか。それを見たくなりました。

そんなあれやこれやの疑問をきっかけにそれまでの生き方を手放し、自然と寄り添い「ごきげんに暮らす」をテーマに日々の生活を綴ります。

どうぞよろしくお願いします。

2026年7月21日
びびんちょ

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